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「働き方改革」の記事を読んで質問を考えてみた

今朝読んだコラムをもう一度読みながら、内容の解釈と、どういう質問ができるかを考える。じっくり読むと良くわからない記事だ。その分からなさを、なんとか言語化していきたい。

働き方改革=第一生命経済研究所特別顧問・松元崇 http://mainichi.jp/articles/20160818/ddm/008/070/065000c

¶1

導入部分。働き方改革担当相が新設された理由は、無理のある働き方では、本人・企業・国にとっても良いことではないから、というのがこのパラグラフの主張だ。

Q1「無理のある働き方」とは何か。

「無理のある働き方」は、本人が幸せと感じないような働き方ではないか。これは殆ど同じ意味だから、無理のある働き方では本人にとって幸せではない、という命題は何も言っていないに等しい。

Q2 無理のある働き方をしている社員・国民がいると、企業や国の成長につながらないのはなぜか。

まぁそうだろうなとは思うが、考えてみるとかなり飛躍のある推論だ。

¶2

企業・国の成長のためには、そこで働く人々の幸せが必要であることを述べている。その根拠として、幸福度と作業・業務の生産性の関係についての研究結果を参照している。

Q3 「幸せな人は仕事ができる」の「幸せな人」とはどのような人ですか。

研究成果であるからには、「幸せな人」は論文なりで明確に定義されているはずだ。それを知りたい。

Q4 ワーク・ライフ・バランスとは一体何か。

ワーク・ライフ・バランスは、ワークとライフの量のバランス、という認識だった。しかし、そう思って読むと話が繋がらなくなる。後のQ6はそれに関連した質問。

¶3

経済成長を目指すならば働き方改革が必要である、という主張の根拠として、 かつての高度経済成長の時代には、現代と比べるとワーク・ライフ・バランスがとれていたことをあげている。

Q5 経済成長していたから、ワーク・ライフ・バランスが取れていたのではないか。

著者の主張は、国民がワーク・ライフ・バランスがとれていれば経済成長する、ということだ。因果が逆の可能性はないか。それを問う質問。もしそうならば、働き方改革をするよりも、直接に経済を刺激するような策をとらなくてはならない。

Q6 「追い出し部屋での無意味な労働」とワーク・ライフ・バランスの関係は?

「追い出し部屋での無意味な労働」は、ワークの質の話であって、ワーク・ライフ・バランスという言葉で表されるような、ワークとライフの量の話ではないと思う。

¶4

ワーク・ライフ・バランスのとれた働き方の実現に向け、まずは「多様な働き方が当たり前な社会」を目指すための議論を行なうことを提案している。さらに、そういう社会を実現するための負担は、国民が受け入れるべき、という。

この最後の段落が、最も言いたいことだと思う。提案のみ行われており、その理由が述べられていない。よって理由を問う質問をしたい。

Q7 なぜ「女性や若者にとって再チャレンジ可能な、多様な働き方が当たり前な社会」がワーク・ライフ・バランスのとれた働き方の実現につながるのか。

女性や若者が突然登場した印象をうける。なぜ女性や若者のための議論から始めるのか。多様な働き方とワーク・ライフ・バランスのとれた働き方はイコールではない。どう繋がるのかを問いたい。

Q8 「負担」とはどういうものが想定されるか。それを国民が受け入れるべき理由は何か。

突然、負担すべきと言われても、どういう負担なのか全く議論がない。具体的にどういうものを想定しているのか聞いてみたい。